愛岐トンネル群散策
1900年(明治33年)国鉄中央線の名古屋~多治見間が開通、名古屋と東濃をつなぐ唯一の鉄道交通手段として蒸気機関車が走っていましたが、1966年(昭和41年)複線電化により新ルートが建設され13のトンネルが廃止になり線路は外されています。
13個のトンネルのうち3号から6号までのトンネルがうっそうとしたヤブの中に隠れて眠っていましたが保存会のご尽力で蘇り、中央線全線100周年企画で特別公開があり2時間ほどの散策に出かけてきました。

このクラックは蒸気機関車が脱線し、トンネル側壁にもたれ掛かってできた傷跡です。

土岐川(多治見)~庄内川の深い渓流沿いの急峻なガケの人を寄せ付けない環境下にトンネルが掘られていました。

赤レンガも蒸気機関車のすすと苔でわずかにしか赤色は見れませんでした。

トンネル入口の強度を高める迫(せり)は4~5重巻が主流だそうですが、6号は地質がもろく漏水や崩落が続出する大変な工事になり、なんと7重に巻かれる入念な巻き立てが施され、全国でもめずらしいことだそうです。

半世紀余りの間に軌道上に樹木が生い茂り、実生モミジが艶やかに光り輝いていました。
刻印入りのレンガを展示していて、保存会の方たちが居たので話を聞きました。トンネルに使われているレンガは地元多治見で焼いたものではなく四日市や三河等で焼かれたものだそうです。多治見の土は~と話がだんだん難しくなって来て、成分を分析した話など聴きました。苦労していろいろ調べ上げ、ここまできたのだなと思いました。
あのレンガは上から積むのか下から積むのかとkumaさんが言い出し、僕は上から積むと思うと言うので、隣にいた人も参加してみんなで落ちてくるやら~と笑いましたがほんとはどうなんでしょうか。それにしても立派なトンネルでした。(hana)
| コメント (4) | トラックバック (0)





最近のコメント